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「三国志」の蜀漢の武将・張嶷(?〜254)です。
若い頃は国内の山賊の平定で、後には羌族や蛮族と言った周辺異民族の討伐に多く当たっています。
ここで私の好きなエピソードをひとつ。
(成都の西南方の)漢嘉郡から成都にかけて街道がありましたが、途中に旄牛(ぼうぎゅう)と言う地があり、およそ百年にもわたって街道を封鎖してしまっていました。
旄牛族と呼ばれる彼らの当時の指導者は狼路という者でした。
本来ならその街道を通れば、近道になっており、道路も平坦であったのですが、旄牛を避けるために遠回りになる上に険阻な道を人々は使うようになっていました。
そこで張嶷は狼路に使者を送り、貨幣を贈った上で街道の再開通の話をしました。狼路は兄弟妻子を引き連れ張嶷に会いにやって来て、二人は誓いを立てて、旧街道を開通させる事となりました。
華々しく兵を率いた話でも、城を攻め落としたと言う話でもありませんが、こういうエピソードが結構好きだったりします。
若い頃に直接、張嶷に会う機会があったと言う陳寿の張嶷評はと言うと
「容貌・動作・言葉使いを観察したが、人を驚かせるようなものは無かった。しかし策略には見るべきものがあり、果敢さや壮烈さは威光をうちたてるに足るものがあった。臣下としての忠誠や節義を有し、異民族への扱いは公正率直、行動を起こすときは模範となるように心がけていた。
劉禅も心から張嶷を尊んでいた。
いにしえの英雄と言えども、嶷張よりはるかにまさっているとは言えないだろう」
といったものです。
かなりの褒めっぷりですよね、コレ。
このイラストは当サイトの36代目、TOPイラストとして使用しました。
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